2015年11月23日月曜日

テロから10日

17日教会ケーキ用卵144個なぜか机上に
113

あかのまんまの咲いてゐる
どろ路にふみ迷ふ
新しい神曲の初め

114


妻、うちの烏瓜でリース作る
くぬぎの葉二三枚
昔の恋人の幽霊
昔の光芒

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 先々週、金曜日、「今日は13日の金曜日」とつぶやいたが、
BSでニュースを見てゐたら、パリのテロの映像を見た。ほんとに最悪の金曜日になった。
 あれから、10日間、何にもする気になれなかった。
人間がなしうる悪は際限がない。こんなに人間が成り下がってしまっていいのか。

 私は、かつて孫に地震の時はこのテーブルの下にこんなにもぐるんだよ、と言ったとたんに、ほんとの地震が来たことがある。自分が気味悪くなった、これが二回目である。

ようやく元気になった。これからもブログを続けようと思う。
畑の日野菜収穫のおじさんに分けてもらう、漬物漬ける


よく晴れて夕方飛行機雲
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ついに今年もサンタさん倉庫から出す。うれしそうである。

2015年11月14日土曜日

11月13日(金ようび)のこと


112
葉が落ち、て実が残り、実は春を待つ

とき色の幻影
山のあざみに映る
永劫の流れ行く
透影(すきかげ)の淋しき
人のうつつ
あまりにはるかなる
この山影に
この土のふくらみに
ゆらぐ色

(西脇順三郎詩集「旅人かへらず」)

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「とき色」 トキの翼の裏と風切り羽との色。薄桃色。

「透き影」 隙間から見える影。
       暗いところから明るい方を透かして見た時にみえる姿。

「幻影」であったり「うつつ(現実)」であったり、人の世の人の営みは、土のふくらみやあざみや山影にくらべても、どうも値打ちがないとかはかないとか、たいしたものではないらしい、そんな気のする詩だと思う。

早くもボケの花が・・・

野原には逆に人の情念のようなものが宿っている気もする。

人は、昔、幼い時におののいたような風の音や薄のおいでおいでなどに時々は触れてみるのが大切なような気がする。

野原をアスファルトで固めて人間が闊歩するようでは民度が下がる一方だ。
野原を歩かなくてはいけません。

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今日、畑の中を歩いた。曇り空。さつきの苗木の植わった畑の中、縦横に歩いた。イチゴの苗を植えている人がいた。溝の落葉をさらっている人。枯草を焼く人。皆それぞれに、土になじんでいる。
すばらしいことだと思った。

かくも巨大な・・、黄熟を待つ





2015年11月11日水曜日

往復ハガキに注意!

11月10日のこと
教会

111

橡(つるばみ)に
女(ひと)のひそむ
美しさ
その粉の苦(にが)き
人間の罪をあがなふ
はりつけの情念の苦さ

(西脇順三郎詩集「旅人かへらず」)

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「つるばみ」とは、どんぐりのこと。または、どんぐりを煮て、その汁で染めた濃い鼠色。「橡」とは、「とち」のこと。

「あがなふ(贖う)」は、相応の代償を払って、罪や失敗を償う(本来の望ましい状態を獲得する)こと。

「贖罪(しょくざい)」とは、(神への罪から救うために)キリストが、全人類に代わって十字架にかかって死んだこと。

つるばみの布に秘めた女の情念の美しさ、か?
男ではそうはいかない・・・。

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 朝から、鈴鹿市の「男女共同参画施設」という、ちょっと怖そうな名の施設に、妻と往復ハガキの印刷をしに行った。その前には、郵便局の本局で往復はがきの追加分を60枚買って、それから、その施設に朝いちばんの9時に行って、あっという間に輪転機で印刷ができてうれしかった。

豹(ネコの名前)の墓
 「山中さんを支援する会」の、12・10の判決に傍聴参加していただく依頼文を書いた、返信用ハガキである。

 そのあと、郵便局に出しに行ったら、受付のお姉ちゃんが、「往復はがきはそっちで折りたたんで出してもらうことになっています。」と、怒って言った。

 私は、「どこにそんなこと書いてあるの、それなら返信はがきを売る時にちゃんと説明しなさい。」と言った。
そして、ハガキをせっせと折りたたんだ。

 折りたたんでいるときに、郵便局の職員のおっさんは、僕らの折りたたんでいる横で、年賀状売りのお姉ちゃんと朝の楽しい談笑をしていて、腹が立った。
民間のお店なら、手伝わなくっても、大変ですね、くらい声をかけるだろうに・・・

 こんど返信用ハガキを送る時には、ドカンとポストに投函してやろうと決めた。 



日本郵政は、お上のお役人会社である。

間引いた大根でたくあんを作るのだ。干しています。

2015年11月9日月曜日

垂れ込めても心は地中海


110
エンドウ芽を出す

八月の末頃
海からあがり
或る町を歩いた
プラタヌスの葉が
黄色く街路に落ちてゐた
旅役者がカフェの椅子に
よりかかって何も註文もせず
休んでゐた
裏通りを歩いてみると
流行しだした模様入りのハンカチフを
売つてゐた
チャップリンがかかつてゐた
仏蘭西で字初めて仏蘭西語の小説を買つた
坂をのぼって行くと
海がうすみどりに光つてゐる
のぼりきつたところに
カンナの花の咲いてゐる家がある
はいつてみると
としまの女がだまつて
メーテルリンクの「蜜蜂の巣の精神」とか
いふ本を読んでゐた
何かまちがつてゐるのではなかつたか
時間がなかつたので
馬車に乗つて帰つた
ヴィーナスの頭のついた古銭を
くれる約束した若いギリシャ人が
舎利の壺に罌麦(なでしこ)をたてたやうな
顔をして笑つた

(西脇順三郎詩集「旅人かへらず」)

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なんとすだちのあめにぬれつつ
この詩、いつもいつも嫋々と小生の感性(あるとすれば)に流れているものです、憧れに似たものですが・・・。
簡素で、本質だけで、余計なもののない・・・、詩的なものとはそんなものじゃないのかなあ。

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玉ねぎの苗を植える。

「山中保一さんを支援する会」として、判決の12月10に傍聴に来てくださるよう依頼の往復はがきを作った。明日投函しよう。

7年前に四国をお遍路して歩いていた時にお出合いした方から、メールが来た。
なんとユズまで雨に洗われて
山中保一さんの支援のカレーを注文してくださったのだ。
その方は裸一貫でご自分の会社を創設して、経営は後進に譲り、今や豊かな富山湾を育てる会の会長さんだ。




今年9月に久しぶりにお会いして、私の、山中さんの裁判支援の活動の話を聞いてくださり、
お渡しした資料を翌日一日ですべて読んでくださって、
「北川さんもあほですなー」と言ってくださった方だ。
「ほんまにおれはあほやなあー」と思った。
しかし、その方も「私もあほですからー」わっはっはとお笑いになった。

その方は、今も、三つのNPOを主宰し、富山湾の研究をしておられ、海にさかなのすみかになる藻の種を播いておられる、藻咲かせ爺さんである。
楚々として白さざんかのあめにぬれ
ヨガに講演に講師にと、活動の75才である。

ちなみに、四国お遍路を歩いて7回まわられた方である。
「大愚」というに近いお方である。

世の中には偉い人はいっぱいおられるのだ。








2015年11月8日日曜日

快癒か?

蔓梅擬(つるうめもどき)

109

ゐろりに
アカシヤの木をたいてゐた
老人の忘らるるとは

(西脇順三郎詩集「旅人かへらず」)

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「忘らるる」ことがこうして語られるのなら、そんな忘れられ方が一番いいのかもしれない。こんな思い出され方はいいかも・・・。

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早くこんな健康を取り戻したいのだ

ついに、もう一日、腹部の失調は続いた。膨満感があった。

思うことを言わないのは「腹ふくれるることなり」と、「大鏡」かにあったが・・・、

小生、自分でも知らないところで、周りに遠慮して思ったことを言えない性質なのかもしれないと思ったりしたが、結論は出なかった。

下卑た話だが、おつうじがないのだ。繊維質は十分にとっているのだが・・・。

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今日、11月8日、「山中さんを支援する会」の皆さんに出すハガキの原稿を作った。
延期になった判決日に、再度傍聴参加してもらうためのハガキだ。
100人以上の人に来てもらう予定だが、もっと人を増やしたいのだ。





終日活動し過ぎだった


烏瓜、今年もありがとう
 11月4日のこと

107

なでしこの花の模様のついた
のれんの下から見える
庭の石
庭下駄のくづがへる
何人もゐない
何事かある

(西脇順三郎詩集「旅人かへらず」)

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「のれん」というのは、なかなか思わせぶりなものだ。
漢字で書いても、「暖簾」だから、あったかいすだれなのだが、
この詩のように、目隠しの暖簾の下から向こうが見えるのも、
思わせぶりで、かえってリアルなのだ。

この暖簾の外から、暖簾の中の家の中を見ているのだろう。
中庭には、家人の人生が一番あらわになるのだろう。
建築を見ると、そこにある人生が実に物悲しくなる。
人よりもより人を表すのが建物かもしれない。

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東の畑

この日は、たくさん動いた、そのおかげで少し体調をくずしたのだから、あとで、ため込んだ日記で反省するのもいいのかもしれない。

朝から、庭の掃除して、垣根に絡みついた烏瓜を眺めた。

その後、昨日植えた玉ねぎに水やりに行く。エンドウにもソラマメにも。タンクで水を運ぶのだ。

そして仕事。半日だけ。その後、山に向かう。小さな山に登る。
眺望は素晴らしい。紅葉を楽しむ。
一日中、動いた。



紅葉を見つける
仰ぎ見る


                         
引き寄せる

本草学


11月5日のこと

108

むくの実が坂に降る頃
根を煎じて服用したいと思った
ゴブラン織りをあけて
かなしげなる窓を開いて
ぼけた遠山の方へ飛ぶ水鳥
渡し守の煙草を吸ふのを
眺めてゐると
昔読んだ小説の人々が生霊
の如くやつてくる
一緒になりまた別れる
悪霊を避けよ
苦しき立場
レモン畑
かみそりの歯
猿女房
と次から次へとやつてくる
その辺にゐる本当の人間の方
が幽霊に見える

(西脇順三郎詩集「旅人かへらず」)

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最近は、この詩のように、「本当の人間の方が幽霊に見える」ことが、
確かにあるのだ。

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この実も頻尿に効きそうだった

朝から一日仕事。帰りに腹が痛みだす。帰って苦しむ。静かになる。
白湯が一番と思うようになる。ごはんはおかゆに代わる。
お腹痛となんだか尿道に痛み。言葉少なに、横臥。
「悪霊」に魅入られたようになる。
何かの祟りかもしれない、加持祈祷も効かない、最悪の状態である。
京都に住むS先輩の頻尿を少し憐れんでいたのだが、自分にも来たと
天罰を感じて休んだ。
花を食べたくなった

2015年11月3日火曜日

詩人 吉田一穂

106

さびれゆく穀物の上
哀れなるはりつけの男
ゴッホの自画像の麦わら帽子に
青いシャツを着て
吊られさがるエッケホモー
生命の暮色が
つきさされてゐる
ここに人間は何ものかを
言はんとしてゐる


(西脇順三郎詩集「旅人かへらず」)

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 朝から東の畑の畝を整える。昨日買った玉ねぎ苗を植える。
そらまめも種をまく。残りの大根の種もまく。スナップエンドウもまく。

 午後は仕事の準備に4時間没頭する。

 夕方、蒔いた種を雉などの鳥に啄まれないために、脅しの糸を張りに行く。
 
 江戸時代ここは伊勢神戸(かんべ)藩の殿様の狩り場だったので、
雉が多いのももっともだ。

 「山中さんを支援する会」の、判決までの活動を考えた。
実効ある活動をしたい、と考え続けた。いろんなことをしようと思う。
やるしかない。

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                  秋
                      吉田一穂(「故園の書」より)

楚々として秋は来た。
物自体(デング・アン・ジッヒ)のきびしい認識を超えて、人を清澄なパンセにまでひきいれる像(もの)の陰影の深まさる時ーー汗と土と藁の匂い、収穫の穀物倉の簷(ひさし)に雀の巣が殖えていた。
納屋の隅でコオロギが鳴く。
空のヴァガボン渡り鳥の群れは、切り株畑に影をおとして再び地平の秋を旅立っていった。
霧の中で角笛が鳴っている。
放牧の群れが帰ってくる。
私は蘆のうら枯れた沼の辺りに下り立って、鼠色の湖心に移動する野鴨を銃口の先で焦点する。
空は北方から雲翳をみだしてくる。
草は北海の塩分を吹き送る東南風に萎れ、北風に苛だち、西風に雨を感知して、日に日に地表はむくつけき麤(あら)い容貌と変わってくる。父の如く厳つい自然よ、そして母の如くも優しく美しい季節よ!
いまだ火のない暖炉の中からコオロギの細い寂しい歌が聞こえてくる。明かりが机の上に暈(かさ)を投げる。
天蓋に銀河が冴えて横たはる。
プレアデスやアンドロメダ、天馬の壮麗なシステムが一糸みだれず夜々の天に秋の祝祭の燈をかかげる。


毎年、この時期には「秋」を読む。吉田一穂はほとんど知られない詩人であるが、私にとっては、西脇順三郎と双璧である。





玉ねぎ苗

11月2日のこと

104

木の間がくれの遠い嶺
八月の末にはもう
すすきの穂が山々に
銀髪をくしけずる
岩間から黄金にまがる
女郎花(おみなえし)我が国土の道しるべ
故郷に旅人は急ぐ


105

虫の鳴く声
平原にみなぎる
星もなく夜もなき
生命のつなぎに急ぐ
この短い永劫の秋に
岩片にひとり立ちて
このつきせぬ野辺を
聴く心の悲しき

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午後は玉ねぎの苗を買う。
農家のおじさんが売りに来たので、すぐに買った。
実にいい苗で、中晩成の苗である。

人に教えてもらった、農家の直売所に行く。
新鮮な野菜や果物が豊富で、楽しかった。

夜は、山中さんが来た。パソコンの設定をしてもらった。
ありがたい。

2015年11月2日月曜日


102
うちの垣根の満天星(どうだん)つつじの紅葉・・どうだ!

草の実の
ころがる
水たまりに
うつる
枯れ茎のまがり
淋しき人の去る

103

庭の
蝉殻の
夏の夜の殻の朝
悲し

(西脇順三郎詩集「旅人かへらず」)

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朝から一時まで仕事。
帰って、お昼ご飯。長崎皿うどん。

昼寝。3時から東の畑を耕しに行く。トラクターを軽トラに積んでいく。
耕すこと一時間半、明日の雨の前に肥料も置く。

里芋を掘る。孫に届ける。

かくて今日も暮れにけり。

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            砧(きぬた)

砧打ちて我にきかせよや坊が妻  芭蕉

寝よといふ寝覚めの夫(つま)や小夜砧  炭 太祇

ひとつ家のひとつ砧に月ひとつ  中 勘助





2015年11月1日日曜日

ザイショノコトガ気ニカカル

玄関
 10月31日のこと

101

水色のヒョウタンのさがる町
この郷人の細工
この三寸の象牙
はづかしい思ひで彫(きざ)む
裸の女は皆お湯にちなむ
しまだの女化粧道具を入れた
籠をさげる
この水鳥
この銭湯の曼陀羅

(西脇順三郎詩集「旅人かへらず」)

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朝から植木鉢にパンジーなどを植えた。
写真の通り。

その後、台所と居間のガラス戸の敷居のガタピシを直した。
これで三日目の建具屋さんだ。
なんでも直してみせる、という意気込みでやった。


東の畑に草刈りに行った。

うちではブンブン丸と呼んでいるのだが、刈り払い機の先に、細いロープを二本つけて回転させて草を刈ってしまうのだが、小さな なよなよ草は、実によく刈れるのである。

それで、畝の草を刈った。





急いで昼食、チャーハンをきこしめした。

急いで9条の会の10周年記念会に講演を聞きに行った。
寒かった。日本の国情も寒かった。戦争ごっこもしたことない政治家がおっきなって戦争ごっこしようとしている。

寒かったのでお酒の量販店で、ビ(ール)とサ(ケ)とシ(ョウチュウ)とワ(イン)を買い込んで、コタツを立てて、全種類家庭試飲会をしてやすんだ。全種類イケた。

実にくだらないブログになった。

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だからおまけに漢詩を一つ、そしてそれを井伏鱒二の訳詩でどうぞ。



    静夜思

              李白

床前(しょうぜん)に月光を看る

疑うらくは是れ地上の霜かと

頭を挙げて山月を望み

頭を低(た)れて故郷を思う





静かなる夜の思い

部屋の真ん中の大きなベッドの前の敷瓦のところまで差し込んでくる月の光
それは地に置いた霜のようにきらきら光ってる
静かな夜の物思いにふける人は、頭をあげては山月を望み
頭を垂れては故郷を思っている



井伏鱒二「厄除け詩集より

      静夜思

ネマノウチカラフト気ガツケバ

霜カトオモフイイ月アカリ

ノキバノ月ヲミルニツケ

ザイショノコトガ気ニカカル

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井伏鱒二はやっぱりすばらしい作家である。