2015年4月30日木曜日

遠き山見ゆ

4月25日(土)


鈴鹿山系の朝明渓谷から祓戸(ハライド)の頭に登る。たくさんのアカヤシオつつじが咲いていた。
斜面を赤く染めていた。

一緒に登ったY君は大感激たった。
遠くの山並みを見て、三好達治の「遠き山見ゆ」という詩を
教えてあげた。

遠き山見ゆ

遠き山見ゆ
遠き山見ゆ
ほのかなる霞のうへに
はるかにねむる遠き山
遠き山々
いま冬の日の
あたたかきわれも山路を
降りつつ見はるかすなり
かのはるかなる青き山々
いづれの国の高山か
麓は消えて
高嶺のみあおくけむれるかの山々
彼方に遠き山は見ゆ
彼方に遠き山は見ゆ
ああなほ彼方に遠く
われはいまふとふるき日の思出のために
なつかしき涙あふれいでんとするににたる
心をおぼゆ ゆゑはわかたね
ああげにいはれなき旅人のけふのこころよ
いま冬の日の
あたたかきわれも山路を
降りつつ見はるかすなり
はるかなる霞の奥に
彼方に遠き山は見ゆ
彼方に遠き山は見ゆ



春リンドウが咲いていた。
コバルト色に陽射しを受けて輝いていた。





                                         
       それにしても、アカヤシオつつじのきれいなこと!
       雅子様の花。五葉躑躅とか。





    

    稜線を登っていくとまだコブシが咲いていた。
    残雪があり、夜はよほど冷えるからコブシの時期なのだろう。
    もちろん、「北国の春」を歌って歩いた。






      ショウジョウバカマの花が咲いていた。
      イワカガミの葉が光っていた。
      岩鏡の花は連休の頃だろう。
      また一週間後に来ようと思った。






4月26日(日)

午前中仕事だった。午後、Tちゃんからタケノコを掘りに
来なさいとメールが入った。すぐに行った。
粘土質のそれは立派な竹林でした。
ご家族の皆さんと、昔の懐かしい話しながら掘った。

ウドもたくさんあって、お父さんがたくさん取ってくださった。
素晴らしい野遊びでした。





4月27日(月)





当然タケノコをゆがかなくてはならない。
庭に大鍋を据えて、ぬかを入れて
薪を燃やして、グラグラ沸騰する。
楽しい仕事でした。






4月28日(火)

東の畑にて、ネギの植え替えをする。
トウモロコシの種をまく。
里芋に油粕を撒く。

家の庭の牡丹の花咲く。



4月29日(水)

仕事にゆく。
午後、屋敷の畑を耕す。
カボチャ、白瓜、ホウセンカ、赤カブ、インゲン
の種をまく。

牡丹の花、満開に咲く。


4月30日(木)

朝6時から、東の畑の畝に水やりする。朝、九条ネギの種をまく。一日仕事、夕方帰って
酒屋さんへゆく。
連休はどこへも行かないで、家の周辺で活動したり、読書したり、木工をしたりすることになりそう。

一週間、ブログのこと忘れていたので、一度に書いた。

季節は、竹の秋から、ふじの季節、そして青い麦の季節に変わっていた。
山は緑したたる夏になった。

夏の歳時記を書庫から出してこよう。




















2015年4月22日水曜日

自然とともに

 先週の土曜日、妻の90歳の母上から、「届いたお袋の
小さな包み~♬」。
 
「北国の春」を歌った。いくつになっても娘は娘、母は母。


  



日曜日、タケノコをもらった。

味噌炊きにしてもらった。
おいしかった。




月曜日。雨、雨、雨。
今年は、住んでいる町の組長だ。
回覧板を作って、最初の家に届けに行った。
ここは、サツキのの産地。
どこの家も、垣根はサツキ。
とってもきれいな垣根だった。








火曜日。 うちの庭に、霧島ツツジが咲いた。
この花の下に、死んだ我が猫のお墓がある。









今朝の散歩で、ハナミズキ。いよいよハナミズキの季節。




 親の新芽がきれいな朝でした。
「夏も近づく
八十八夜、
野にも山にも若葉が茂る~♪」





八重桜がさみしく咲いていた。
ソメイヨシノが終わって、けなげに咲いているのに。
八重桜はかわいそうだ。

都々逸の一節を思い出した。

「わたしゃ奥山一もと桜 八重に咲く気はさらにない

 ・・・・・ トントントン♪」(都々逸坊扇歌)

ここでも人気がない。



豌豆が花をつけていた。
もうすぐ、おいしいサヤエンドウがいただける。









今日は仕事に行った。
ホトトギスについて話をした。持っている電子辞書で、ホトトギスの鳴き声を聞いた。
便利なものだ。

ホトトギスの鳴き声。

 テッペンカケタカ、と鳴く。
 東京特許許可局許可局長、と鳴く。
 トッチャンコケタカ、とも鳴く。            昔、教わったこと。


仕事から帰って、苗を買いに行った。
家の畑に、キュウリ・トマト・ナス・オクラ・ゴーヤ・シシトウ
・カボチャ・スイカ。
みんな植えて、肥料袋で行灯を立ててやった。
か弱い苗を風から守るため。

苗が喜んでいた。





本当によく働いた一日でした。明日もよいお天気らしい
いろんな苗をすこしずつ植えよう。
                                            夜の畑の行灯の光景


2015年4月19日日曜日

種まき権ベえ

仕事に行った。学ぼうとする人といい時間を持った。興味と関心を深めてくれたのでうれしい。


里芋の種イモをもらって、畑に植えた。黒豆も撒いた。あちこちでキジが鳴き交わしていた。種まき権べえがいるぞ、と情報交換していたので、キラキラひかる糸を縦横に張って、キジ対策をした。
ここは昔、神戸藩の狩場だったらしい。





家の築山の観葉植物、ワイヤプラントをみんな引っ剥がしてやった。苔を植えるためだ。雨にしっとりの苔の庭にするつもりだ。











市会議員の候補者の選挙事務所にジュースを届け激励に行った。夜の街に演説会帰りのその候補者に出会った。車とめて駆け寄って握手をした。自分が候補者みたいでおかしかった。

2015年4月16日木曜日

コメントよろしくお願いします!!!

自分の性情は、性善説か、性悪説かということを考えた。
「孟子」の一節を読んだから。

その幼児がなんの注意も払うことなく今にも井戸に落ちようとしている状態を見たら、自分は思わず駆け寄って助けようとはする。(惻隠の心?)

だけど、自分は、人をみんな善人だとみなすことはできない性善説(家)だと思う。





世の中にはやっぱり悪い人が本当にたくさんいる。

あしたは、善人の客人がたくさんうちに来る。この人たちはどう見ても善人だ。

窮地に陥った人を何とか助けたいと思って、駆けつけてくれる人たちだから。




知人が大風邪ひいた。
徹夜で人のために仕事をしていたから。

今日は、けっこうたくさんの人を笑わせた1日だった。

コメントをいただく設定にブログを直してもらった。


実は、そんな設定にしていなかったから、コメントが来なかったんだ。

あほでした。ごめんなさい。今日からは懲りずにコメントしてね!





霽(は)れる

長い雨だった。昨夕(4・15)ようやく雨があがった。菜種梅雨(なたねづゆ)、または春霖(しゅんりん)だったのだろう。鈴鹿の野原に花をたくさん見つけた。
                                             
                                                                  チューリップ


シャガ




       

                 シャクナゲ                     リラ

                 


              お茶畑                           ナンジャモンジャ



      

             サツキ畑                            白山吹

散歩の間、これだけの花、幸せな時間。あすは晴れるだろう。

昨日から仕事が始まった、今日も仕事をした。まあまあの出来。あすももうひと頑張り。

今日は大事なお客が来る。たくさんの成果がもたらされますように。

みんながよい一日でありますように。





2015年4月10日金曜日

三好達治

昨日のブログでは、小生相当志 萎えておりましたので、三好達治の「志おとろへし日」を思い浮かべました。
三好達治の詩の言葉は、私にやすらぎを与えてくれます。その詩を写します。


志おとろへし日

こころざしおとろへし日は
いかにせましな
手にふるき筆をとりもち
あたらしき紙をくりのべ
とほき日のうたのひとふし
情感のうせしなきがら
したためつかつは誦(しょう)しつ
かかる日のくるるまで

こころざしおとろへし日は
いかにせましな
冬の日の黄なるやちまた
つつましく人住む小路
ゆきゆきてふと海を見つ
波のこゑひびかふ卓に
甘からぬさけをふふみつ
かかる日のくるるまで


この詩を引用して手紙をくれた友人も亡くなって五年になります。
私たちに関係なく、詩は残ります。
物が滅びても言葉は残るんだな、と感慨を深くした一日でした。

やったこと・・・里芋の植え付け、庭を掃いたこと、築山の草を抜いたこと
         畑に石灰を撒いたこと、農家の友人と選挙と政治の話をしたこと


2015年4月7日火曜日

水仙

きょうは市役所へ行った。行政の問題点について質問していた回答をもらいに行った。でも、回答できないということを慎重な対処の仕方が大事だと大仰に言って、ついに回答を拒否された。

市民が、わからんから教えてと訊きにいったら、丁寧に教えてくれたらいいだけなのに・・・。

季節外れの秋の詩を思い出した。井伏鱒二「厄除け詩集」
 「聞雁」より

ワシガ故郷ハハルカニ遠イ
帰リタイノハカギリモナイゾ
アキノ夜スガラサビシイアメニ
ヤクショデ雁ノ声をキク

今の市役所の職員より、昔の「ヤクショ」の人のほうが、親切だったかもしれない。

復活祭

友人と、我が敬愛する大兄F氏の三回忌のお参りにご自宅に伺った。ほほ笑みは遺影にあふれ、久しぶりに再会できた幸せたった。彼岸では逝きし人々でにぎやかだろうと思った。

彼は書道家で、奥様に見せていただいた磨り残しの、袋いっぱいのチビた墨はうれしかった。生涯書かれた字や紙はどれくらいだろう、と感動した。

奥様に、かつて彼に差し上げたぐい飲みをいただいた。
愛用のぐい呑み。彼の日々の酒量を存分に口に運んだ器を、また私が引き継いだことになる。
いきおい、私も酒を豪快に飲まざるを得ない。うれしい。

あすからは、静かに墨をする業に専心したい、静かに静かに。

今日は逝きし友の復活の一日だった。
夕方、これも逝った愛猫ヒョウの弔問に、妻の友人が花とビスケットを持って来てくださった。深謝。
     


2015年4月5日日曜日

雨 雨 桜 雨 霧 桜 雨


一日中雨の日曜日。四日市 雨の桜祭り、マラソン大会のランナーも、雨 雨 雨。
大会役員、お巡りさん、ボランティアも、雨 雨 雨。

名阪国道、霧 霧 霧。視界100メートル。
テールランプ頼りの車が飛沫をあげて疾走する。

加太のトンネル抜けると、視界開け、西からの天気回復も
束の間、シトシトビチョビチョ雨が降る。

家に戻る。5時半、ようやく雨がやんだ。あすは新緑が進むだろう。

ヒョウの死の前日、ヒョウの埋葬の日、ヒョウの遺品を片づけた日、だけが晴れだった。

昨日フォーレのCD、レクイエムを買った。逝った猫の鎮魂のため。今日はずっと聴いていた。

ハルノネザメノウツツデ聞ケバ
トリノナクネデ目ガサメマシタ
ヨルノアラシニ雨マジリ
散ッタ木ノ花イカホドバカリ  (井伏鱒二「厄除け詩集」より)

2015年4月4日土曜日

酒を勧(すす)む

昨日のブログの題は、「サヨナラダケガ人生ダ」でした。
毎年この時期に思い出すフレーズです。これは井伏鱒二の、中国の詩人于武陵の詩「勧酒」の訳です。

コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ

猫が逝ってしまった。家中の空気が固い。外は雨。満開の桜をしとどに濡らしています。コブシの花びらが彼の眠るお墓に散り敷いてます。
月曜日に撮った桜のつぼみ今どうかな、と想像しています。

  猫逝きて無口な二人春の雨


2015年4月3日金曜日

サヨナラダケガ人生ダ!

ヒョウという猫がここに暮した。そのことは、僕に多くのことを教えてくれた。

そのひとつ。彼は、一度も医者に行かずに私の家にて健康に暮らした。彼は飄々として生きて、それを私は毎日見ていたのだから。

ふたつめ。彼は家にやってくるたくさんのいろんな人に会って、それぞれの人に一瞥を加えて、次には悠然と自分の世界にもどり、そして、人生を感じていたように思う。

私も、自分の人生をそんなふうに見て暮したい。どんな人にもどんなことにもあるがままに一瞥をくれて親しみたい。

花にも、空にも、働く人の姿にも、景色にも、毎日見る鈴鹿の山の姿にも・・・・・・。

2015年4月2日木曜日

ヒョウという猫の話。

今日、豹が死んだ。静かに逝った。みんなが彼に幸せにしてもらったから、今夜は、山中さんとヒョウを偲ぶ会をするのだ。

桜の満開の中、エープリルフールの日に死んだ。
だから、もしかして死んでいないのかもしれない。

昨日、動物病院に連れて行った。この外出が、我が家にヒョウがやってきて六年半にして初めての外出だった。彼は桜の並木を見て目を細めていた。

来年から、桜が咲くとヒョウを思い出して、その桜並木を私たちは歩くことになるだろう。
さようなら、ヒョウ。

君を記念して、ブログに天声豹語という名前を付けました。
アデュー、ヒョウ!